若いうちから考える働き方のリスクヘッジ ─転職とポータブルスキル─

働き方はさまざまです。

出世を目指したい人もいれば、ゆったりと働きたい人もいます。どちらの生き方も正解、人それぞれ答えは違います。

 

ただし、どちらのルートを辿るにせよ大切なのが、リスクヘッジです。

会社の寿命はますます短くなり、テクノロジーが身の回りの景色をあっという間に変えていく。外部環境の変化が、「働き方のリスクヘッジ」の重要性を高めているのです。 

 

 

不確実な世の中だから、自分の人生を「一点張り」してはいけない

出世競争を勝ち抜けるのは、ほんの一握りです。

組織の現実として、上に行けば行くほどポジションの数は減ってくるものです。50歳までトントン拍子に出世しても、その後の出世競争で負けてしまう事もある。運の要素も大きい。

そうした出世の椅子取りゲームに、確実に勝ち残れる必勝法があれば良いのですが、残念ながら私はそうした方法を知りません。皆さんも知らないと思います。

 

あるいは「何も出世しなくたって、自分なりに働きやすいポジションを築ければ良い」と考える人もいると思います。そういう人も、今の世の中であれば、「本当にそのスキルでこの先ずっと食べていけるのか?」という点は常に頭に留めておくべきです。

これだけ外部環境が変化していれば、自分が今保持している専門技能も、時間が経つにつれて他のものに取って代わられてしまう可能性も十分にありうるわけです。メーカーであれば生産施設が海外移転されてしまう事もあるし、金融における知的労働も将来的にはロボティクスに奪われてしまいかねない。

 

ルーレットの一点張りを想像してみましょう。0から36までの数字の内、どれか1つに、手持ちの全額を賭けるのです。

ただ一度きりの自分の人生を、今の仕事に一点張りしてしまうのは、何だかとても怖いと思いませんか?

 

決して転職を礼賛する目的の記事ではありません。ただし今いる会社に残るにしても、キャリアのリスクヘッジを常日頃から考えておく事が、今の世の中を幸せに生き抜くために役立ちます。

リスクヘッジの手段には「副業による収入の複線化」をはじめ色々な方法がありますが、ここでは「転職」に限定して話を進めていきます)

 

あなたの仕事は「ポータブルスキル」につながっているか

だとすれば、具体的にどのようにリスクヘッジをする必要があるのか。

まずは、業界の中での転職を考えてみましょう。この時には、「ポータブルスキル」という考えが役に立ちます。そのスキルは、会社を超えて持ち運び可能かどうか、ということです。

 

例えば、A銀行からB銀行への転職を例に考えてみましょう。

銀行の仕事は、お金を貸すことです。しかし、例えば倒産寸前の企業にはお金は貸せません。ある企業に融資できるか否か(=与信)について、銀行が判断するためには、その企業の財務諸表を読み解いて、企業の健康状態が問題ないかを事前にチェックする必要があります。

この業務プロセスは、どこの銀行でも必要になるものです。つまりこのスキルは普遍的に使えるスキル、言い換えるならA銀行からB銀行に「持ち運び」が容易なスキルでしょう。

一方、融資が決まった後に、A銀行独自のITシステムを用いて資料を作成し、支店や部の責任者の承認(=稟議)を取るという業務がある。このITシステムはB銀行のものとは作りが異なるものですから、このスキルはB銀行へは「持ち運び」できなさそうです。

 

ものは試しです。皆さんのスキルを、一度「ポータブルスキルか否か」という基準で仕分けしてみましょう。

まずは皆さん自身の直感で仕分けして問題ありません。単純化するならば、全スキルのうち、ポータブルスキルの割合が70%あるとしたら、A社からB社へ転職した時に、皆さんの「人材価値」は70%になるという事です。

その数字を目にして、皆さんはどう思われたでしょうか。この割合が一定の水準を下回ると、皆さんのキャリアの「黄色信号」と言えそうです。まるでルーレットの一点張りのように、その会社で出世できれば大当たりですが、そうした運に恵まれない場合は・・・・・・、となるわけです。

 

このポータブルスキルの概念については、以下の記事に分かりやすくまとまっていますので、一読しておくと役に立ちます(私のブログ記事では「人的資本」に限定して話をしていますが、このリンクの記事の中で山口さんは「社会的資本」にも言及しています)。

next.rikunabi.com

 

ポータブルスキルか否か、自分の業務を仕分けする。この意識を持つだけで、働き方が大きく違ってくるのが分かるはずです。もしその判断に迷いが生じたら、転職エージェントに相談するのも一案です。

(※相談料は基本的にゼロ円ですが、エージェント側のビジネスモデルやインセンティブの仕組みは理解しておきましょう。転職においてはメディアリテラシーが大切な要素になります)

 

たとえ「会社に残る」という選択をしたとしても、ポータブルスキルがあれば、いつか何かの時に皆さんの身を守る事につながります。

(なお、字数の関係で省略しますが、自分の武器とするスキルを「これだ!」と選択する上では、「そのスキルはどれだけ珍しいか」という希少性の軸、「そのスキルは10年後以降も生きているか」という時間の軸なども併せて考えておくのが、リスクヘッジの観点からは望ましいと思います)

 

会社はあなたの人材価値をあなたより知っている

注意しておくべきなのは、その人の役職の高さと、その人のポータブルスキルは必ずしも比例しないという事です。エコノミスト山崎元さんは、勤めていた山一證券が倒産した時のエピソードの中で、「役職が高い人でも、必ずしも転職に成功したわけではなかった」と語っています。

次に、やはり何らかの技能を持っていると思われる専門職が有利だった。筆者がいた投資開発部は、若手で大学は理科系出身の社員が多かったので、結果的に彼らはそれほど苦労せずに再就職できた。また、専門職といっても、特別に高度な仕事にばかり求人があったわけではない。たとえば、証券の決済であるとか、投資信託の商品企画であるとか、何らかの意味で「私はこの仕事ができる」といえるような部署とキャリアを持っている人物は相対的に就職が容易だった。逆に、社内の評価は高くても、専門がはっきりしないゼネラリスト型の中間管理職は苦労したように見受けられる。(山崎元『僕はこうやって11回転職に成功した』より)

「私は部長ができます!」と言って採用してくれる企業は存在しないという事です。社内の人事評価と社外の人材価値を同一視せずに独立して考える事が、ポータブルスキルを正しく身につける第一歩となります。

(※ゼネラリストを否定している訳ではありません。ゼネラリストであってもポータブルスキルを持ち得ている人もいれば、スペシャリストであってもポータブルスキルを持たない人もいるからです。まず大切なのは「ポータブル」であるか否かです)

 

また、応用問題として、「会社の人事部も、皆さんがポータブルスキルをどれくらい持っているか、ざっくり把握している」という事を覚えておいても良いかもしれません。

ストレートに言ってしまえば、「ポータブルスキル」が一定度合いを下回った瞬間、会社から労働力として「買い叩かれる」リスクが生じるのです。

それは例えばサービス残業かもしれないし、面白くない業務を回されるリスクかもしれない。しかし、「この人はどうせ転職できないだろう」と会社から思われた瞬間に、会社としてはその人を厚遇する理由は、なくなるのです。私が人事部なら、「ややもすると転職してしまうかも!」という優秀な社員の方を優先して昇格させ、待遇をより良くすると思います。(ぞっとしませんか?)

 

一般論として、ビジネスパーソンは若いうちの方が転職しやすい。なので企業側も若手に対しては、「転職しないように」と待遇改善に気を使っているのが現状です(2018年現在は売り手市場なので尚更に)。しかし、10年20年と経ってその人が中堅社員になり、転職をしにくくなった途端に、働く社員側から見て「あれ、今までとは会社側の態度が違うぞ・・・」となるケースが生じるかもしれません。

会社も、皆さんを含めた社員のポータブルスキルをしっかりと把握しています。何故なら、それによってその社員に転職されるリスクを予測できるからです。

 

業界を変える転職をするなら若いうちに

話をもう少し先に進めます。

先ほど例に出したのは、「A銀行→B銀行」という業界内の転職でした。

それでは、もしこの人が仮に、「銀行ビジネスから離れたい。次は全く違う航空業界で働きたい!」と考えたとしたら。こうした業界を移る転職の場合に、ポータブルスキルはどのようにメンテナンスしていけば良いのでしょうか?

 

これはとても難しいテーマです。難易度が、一気に上がります。

「広告→不動産」という転職や、「メーカー→銀行」という転職。一般論として、こうした「業界を変える転職」ができるのは、第二新卒など、本当に若いうちに限定されてしまいます。

だからこそ、年齢が若いうちに、「自分はその業界に、この先40年、骨を埋めて良いのか?」と考える事には価値があります。もしそれが自分の価値観に合わないと分かったり、自分に向いていないと冷静に判断できたのなら、損切り」のタイミングは早い方が良い。業界を超える転職にチャレンジしてみましょう(ただし回数制限はあるので、「急ぎつつ慎重に」です)。

 

読書を通して教養を身につけるのが一番のリスクヘッジ

それでは、若い年齢を過ぎてしまったら、自分の業界を選べなくなってしまうのか?

とても難しいですが、中にはそれを実現している人も、少数ですが確かにいます。銀行で培った「お金周り」の知識をもとにメーカーへ転職し、会計・財務の知識に裏打ちした経営戦略を作れる人材として活躍する・・・といったビジネスパーソンがこれに相当します。

ただしこうした転職は、得てして「高度人材」を対象としてオーダーメイドに行われるもの。パターン化して対策するのが難しいタイプのものです。

 

そうした、より高度な「ポータブルスキル」とは何で、それはどのように身につければ良いのか?

 

月並みな回答ですが、それを知るためには、読書を積み重ねるしか方法はないというのが自分の考えです。

業界を超える転職ということは、それだけパターンが多く類型化が難しいことを意味します。前例が少なく、オーダーメイドの挑戦になる。つまり自分の手持ちのスキルをどう増やすか、それを新しい仕事にどうプロデュースしていくかという「構想力」や「総合知」が問われる訳です。そうした領域横断的な構想力を得るためには、専門知識もさることながら、経営学以外も含めた「教養」を読書を通して身につける事が必要となります。

 

真に領域を越境するための自己プロデュース力を身につけるなら、即効薬はありません。「ローマは1日にしてならず」と言います。何から読めば良いか迷う方は、『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(山口周)と『池上彰の教養のススメ』(池上彰)の2冊が、私の知る限りでは「ビジネスパーソンの読書の入門書」として最適です。

また、「副業」というのも立派なリスクヘッジです。「働く業界を変える」のみでなく「働き方そのものを変える」「収入を複線化する」というチャレンジなので、もう一段リスクヘッジのレベルが上だと言って良いと思います。こうした構想力を身につける上でも、読書が有効になります。