【読書】組織の掟(佐藤優)

組織に潰されないために、組織の掟を知ろう

佐藤「それはいくらなんでも滅茶苦茶じゃないですか。何かあったら外務省と大使館は一切責任をとらずに僕に被せるということじゃないですか」

総括公使「何もなければ問題ないじゃない。佐藤ちゃんだったら、こんな仕事、トラブルを起こさずに処理できるでしょう」

総括公使の口元は笑っているけれど、目はすわっている。どうやら断るというオプションは絶対になさそうだ。

組織はリスクや責任を負うことを何よりも恐れる。組織の責任を回避するためなら、個人が犠牲になることはやむを得ないという論理で動いている。個人がいくら不当だと叫んだところで、組織は決して助けてくれない。

外務本省も大使館も、リスクはすべて筆者個人に背負わせようと判断したようだ。

 

修羅場の乗り切り方を学ぶには、先人たちの知恵を学ぶのが一番の近道です。

著者は元外交官の佐藤優さん。

外務省に在籍していた時に遭遇した様々な修羅場を題材に、「組織を生き抜くための処世術」を語ります。

 

そもそも、このご時世において、組織に属して働く事が、果たして幸せなのか。

フリーランスや起業という選択も、かつてより選択しやすくなりました。組織の理不尽さに身をすり減らしてしまっては意味がありません。もし身の危険を感じたら、手遅れになる前に逃げるべきでしょう。

しかし、組織から逃げる前に、「組織の理不尽さから身をかわすテクニック」を、先人から学ぶというのも一案です。組織の掟を知り、それによってその組織の掟から身を守るのです。

ただし、私は組織を嫌っているわけではない。なぜなら、組織には、独特の「人間を引き上げてくれる力」があるからだ。特に社会人になってから最初の10年は、どのような企業や官庁に就職しても、新人が組織から吸収する内容の方が、組織に貢献するよりも圧倒的に大きいのである。

要は組織から受けるマイナスを極小化し、組織に属する事で得られるプラスを極大化すること。これが(私を含めて)大多数のサラリーマンに取れる、一番現実的な方法なのかもしれません。

数々の修羅場を乗り切ってきた佐藤優さんから、私たちが学べる事は多そうです。

組織の掟 (新潮新書)

組織の掟 (新潮新書)

 

 

 

まずは組織の現実をありのままに認識する

外務省において上司は絶対だ。

「第一条、上司は絶対に正しい。部下は上司に絶対に服従すべし」

「第二条、上司が間違えている場合も、部下は上司に絶対に服従すべし」

外務官僚の「暗黙の掟」は、この2条によって構成されている。

敵を知り己を知れば百戦危うからず。

まずは自分の属する組織の現実を、ニュートラルな目線で正しく認識することからスタートです。

このような話をすると、ビジネスパーソンの読者からは「外務省に限った話でしょう」という反論が聞こえてきそうだ。

しかし一般の組織にいる方から、「上司の理不尽な指示にどう対応したらよいのでしょうか」とか「上司の言うことが間違っているときには、反論したほうがいいでしょうか」という質問を受けたときも、筆者は、「上司には絶対に逆らってはいけない。組織は上司に味方する」といつも答えている。(略)

いずれにせよ下克上を起こした者を歓迎しないのが日本の組織文化だ。たとえコンプライアンス違反であったとしても、長いスパンで見ると上司を「売った」人はラインから外される可能性が高い。

20代、30代の若手社員が、組織のルールに影響を与えるのは至難の技です。

どうしても、今ある組織の仕組みを所与のものとして、その中をどう生き抜くかを考えていくしかありません。

佐藤優さんはこの組織の仕組みのことを「物理の法則」という表現で語ります。

いかなる組織にも「物理の法則」が作用している。重苦しくて、汚く、面倒な仕事は下に降りてくる。そして役職のない平社員(役所なら事務官)への評価は、この物理の法則をどれくらい分かっているかで大きく左右される。

組織は基本的に上の味方だ。コンプライアンス遵守などということを額面通りに受け止めて、上司と対立すると決して良いことにはならない。

組織には、法律とは別の「掟」がある。この掟をマスターすることが組織の中で生き残るコツなのである。

外交官として厳しい外交戦争を生き抜いてきた佐藤優さんは、徹底的にリアリストです。外交交渉においても、現実の力関係の認識を見誤れば、最悪の事態を引き起こしかねません。

まずは組織の掟を正しく認識する事が、組織でサバイバルをする上では重要なのです。

 

 非情な組織を生き抜くためには?

しかし佐藤優さんは、組織の掟をかいくぐって個人がしたたかに生き抜く方法を、本書の中で解説しています。

たとえば佐藤優さんはモスクワの日本大使館で働いていた際に、「ルーブル委員会」というコンプライアンス上問題のある業務を命じられそうになった時の事をこう語っています。

「あのシステムはヤバい。ソ連の法令に違反する闇両替だ」(略)

「そういうヤバい仕事は引き受けたくありません。便所掃除のほうがまだましです」

「ここで重要なのは上司には絶対に逆らってはいけないということだ。闇ルーブル販売係や便所掃除だって断ることはできる。理不尽な命令だから、拒否して当然だ。

しかし、外務省のシステムが佐藤氏に復讐してくる。組織は基本的に上の味方だ。官僚の物理の法則に従って、汚い仕事は上からしたに流れる。これに抵抗する者は、登用や昇進の対象から外し、ロシア・スクールでもモスクワには赴任させない」

上司から汚れ仕事を押しつけられたら。佐藤優さんの「ピンチの切り抜け方」が秀逸です。

引き継ぎを受けるときに筆者は、「このルーブルはウイーンからきているんでしょう。われわれもKGBソ連国家保安委員会=秘密警察)のシンジケートに組み込まれているということですかね。この話が外部にバレたら大変なことになりますね」と尋ねた。二等書記官は、「そうだね。深刻なことになる」と答えた。(略)そして「僕はキリスト教徒としてこういう蓄財に加担したくない」とも言った。二等書記官はカトリック系の大学を卒業している。温和しく無口な人なので、筆者の話を黙って聞いていた。

そして数日後、この仕事の引き継ぎの話は立ち消えになりました。

二等書記官が、引き継ぎのときに筆者が話していた内容を幹部に伝え、患部が「佐藤にルーブルを扱わせるのはまずい」と判断したのであろう。嫌な仕事からうまく逃げることができた。

先輩の教えには真実があった。要は上司のほうに、仕事をふらないほうがいいと判断してもらえばいいのだ。このとき、「汚い仕事」にありがちな弱点や面倒な所を責めるといい。ただし、能力が低いことをアピールすると他の仕事にも支障をきたすので、個人の信条や性癖に基づいた理由のほうがいい。

これほどの修羅場はそうそう起きない? しかし、一般企業であっても粉飾決算が次々と明るみになる昨今、私たちがコンプライアンス上問題のある業務に巻き込まれてしまう事だって、いつでも起こりうるでしょう。

組織の掟を知り、そしてその組織の掟を迂回する戦術を身につける。現代社会の護身術を、私たちも身につけておいて損はないはずです。

 

雑用仕事にも意味がある

組織に入ったばかりの若手に与えられるのは、多くの場合、雑用仕事ばかりです。

そういう仕事は、嫌々こなしていくしかないのでしょうか?佐藤優さんは、「むしろ雑用仕事をこなせる能力こそ重要だ」と語ります。

筆者が部下の能力を測るにあたり、第一段階は語学の能力で判断したが、その次には「ロジ能力」で判断した。(略)ホテルや会議場の留保、食事の準備、空港での簡易通関(通関書類だけで済ませて時間を節約する)、配車などまさに縁の下の力持ちの仕事だ。

「ロジ」の対局に位置する仕事として、「サブ」という仕事があります。外交戦略を組み立てていくブレーンとしての役割です。

こうした「サブ」の仕事が若手に回ってくる機会は少ないはずです。「ロジ」ばかりでは不満に思ってしまうかもしれない。しかし佐藤さんは、そのロジの仕事のスキルこそ、本当にできる外交官に育つか否かの試金石であると語ります。

幸い、筆者は年次5年目くらいからは、どういうわけかサブに従事することが多かったが、東京から代表団が来るときなどにロジを担当することも決して嫌いではなかった。そして、大きなロジの仕事を何度か経験し、上司、同僚、部下の対応を観察しているうちに、「ロジができない人に、絶対にサブは委せられない」という確信を持つようになった。

ロジは臨機応変な対応と、絶対にミスをしないという注意力が必要とされる。ロジができない外交官は、仕事の要領が悪く、機転が働かないというレッテルが貼られる。こういう人がサブを担当しても絶対に効果が出ない。

地味で面白味のない雑用仕事だとしても、それが将来もっと大きな仕事を上手く成し遂げるための基礎固めになるのだとしたら。組織から与えられた仕事をバネに、さらに成長していこうという、今よりもポジティブな姿勢で仕事に取り組めるかもしれません。

 

人間関係のメンテナンスを軽んじない

結局、組織の中で直面する課題は、元をたどってみると、どれも人間関係に起因するものなのかもしれません。佐藤さんは社内の付き合いの大切さをこう語ります。

人間は社会的動物である。それだから、群れを作る。会社に派閥があるのは当然のことだ。派閥という名は持たなくても、会社や役所に勤めている人は、いずれかの緩やかなネットワークに参加している。組織の中で生きていく以上、特定の派閥かネットワークに加わることは、不可欠だ。

もし、派閥やネットワークにまったく参加していない人がいるとすれば、その人は能力が劣っているか、性格的に他人と信頼関係を構築することができないので、仲間に入れてもらえないのである。

働きやすい環境は、自分の手で作っていく。その時、上司との「タテの関係」や同期社員との「ヨコの関係」だけではなく、「斜め上の人間関係」が大切になると佐藤さんは語ります。

後輩「でも佐藤さんは『斜め上の応援団』をうまく味方に引き込んでいる」

佐藤「斜め上の応援団?」

後輩「モスクワに出張した課長や局長の便宜供与(アテンド)をよく佐藤さんはしたでしょう。それに政治家や政治家に同行してくる政治部記者の便宜供与も嫌がらない。そういう外務省の局長や課長を直接指揮するわけじゃないけれど、斜め上にいて、無視できない影響力を持っている人たちを、佐藤さんは上手に味方に引き入れています」 

例えばみなさんの職場でも、上司と自分のやりとりを近くからそっと見ている先輩がいると思います。

直接の指揮系統にある訳ではなく、一緒に仕事をする訳でもない。しかしそういう人間関係を抑えておくと、思わぬところでそれが役に立ちます。

有効な策としては、自分で文句を言うのではなく、「あいつの処遇はちょっとひどいんじゃないか。能力をもっと活かすことができる場所につけてやれ」ということを外部から言わせるというアプローチだ。

直属でない上司、退職後も組織に影響力を持つOB、あるいは政治家や新聞記者など、力を持つ外部の人から働きかけてもらう。このような流れを自然に作ることだ。

直属の上司があてにならないとき、「斜め上」の上司、外部の理解者の力を借りることは、評価を得る以外にもいろいろと役に立つ。組織から攻撃されたときも自分の身を守る術になる。

斜め上の人間関係というのは、社内だけの話ではありません。社外人脈も、上手く活用していくべきです。

組織の外部に理解者を作ることには、構造的な利点がある。組織内部の人たちは仲間であるとともにライバルだ。組織の外部の場合、仕事が競合関係になければ、ライバルにもならない。また、職場の仲間とは異なるので、気が合わない場合は、気軽に交際を断つことができる。その意味で、人間関係にかかる負担は少ない。

人間は誰しも、自分の話を聞いてほしいと思うもの。

だからこそ、社外に相談事をできる人脈を持っておく。特に年次が上の経験豊かな人に相談できる関係をメンテナンスしておくと、何かあった時に助け舟を出してもらえることがあるのです。

 

それでも組織に属し続ける意味とは?

そもそも、このご時世において、組織に属して働く事が、果たして幸せなのか。

冒頭の問いに対する答えも、本書の中で語られています。佐藤優さんが共産党の吉岡吉典参議院議員と話していた時のエピソードを引用します。

 ある国会議員が、ロシア人女性とトラブルを起こし、その処理で、私がくたくたになっていると、吉岡氏が声をかけてくれた。

「大変だね。あなたはロシアのことがよくわかっていて、能力もあるんだから、短気を起こして外務省を辞めたらだめだよ。組織は、いろいろな無理難題を押しつけてくることもあるが、人を引き上げてくれるところがある」

「組織が人を引き上げる? それは出世のことですか」と私が尋ねた。

「いや出世じゃない。人間は怠惰だ。その気になって努力しても長続きしない。組織に入っていると、知らず知らずのうちに鍛えられて、力がついてくる。僕は共産党の人間だけれども、組織の厳しさは外務省も共産党以上だと思う。短期を起こして組織を離れると、結局、自分の力がつかない。

どの組織でも10年くらいそこで一生懸命に仕事をすると、一人前になる。それまでは、どんなに嫌なことがあっても歯を食いしばって頑張ったほうがいいと思う」

佐藤優さん自身も、外務省としておよそ20年間、外交の最前線で理不尽さと戦ってきました。

結局、鈴木宗男事件に連座する形で、外務省から追いやられてしまうわけですが、 その後の職業作家としての活躍のベースとなっているのは、外務省で培われたスキルであるのは間違いないでしょう。

組織から受けるマイナスを極小化し、組織に属する事で得られるプラスを極大化する。そのための第一歩こそ、組織の掟を正しく認識する事なのかもしれません。