【読書】新・独学術(侍留啓介)

ビジネスパーソンの知的戦闘力を高める「受験参考書」の勉強法

裏を返せば、大学受験程度の知識を持っているだけで、さまざまな場面で本質的な意見を言ったり、相手に「この人の話に耳を傾けよう」と思わせることができるのです。

 

すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる。

かつて慶応義塾大学の塾長を務めた小泉信三さんの言葉です。

ビジネスパーソンであれば、勉強するべき事は沢山あります。

ExcelPowerPointの使い方、仕事の段取り術。果ては会計・ファイナンスの知識、経営戦略やマーケティングの知識など、書店に行けばその手の勉強のツールを容易に見つける事ができます。

けれども仕事ができる人なら、そうした基礎的なことは既にある程度身につけている事が多い。つまりトップ集団の中での差別化要因にはなり得ないという事です。

 

著者の侍留さんは、コンサルティング・ファームのマッキンゼーで活躍された方です。

マッキンゼーのようなトップ集団でサバイバルできるだけの知的体力を、一体どうすれば身につけられるのか。

侍留さんがたどり着いたのが、大学受験の参考書を使った勉強法です。ビジネスパーソンに必要な知識と論理の力を身につける、遠回りに見えて最短の学習ルートだと言うのです。

 

けれども大学受験で学ぶ事なんて、本当に基礎的な事でしかないのではないか?

そこで侍留さんが例にあげるのが、落語家の立川談志さんの言葉です。

立川流二ツ目昇進の基準は、まずは「50の根多(ネタ)を完璧にすること」。ベースとなる50の根多に自分の色を出すのが、二ツ目になって真打を目指す次の段階です。

本書で私が言いたかったことも同じです。まずは最低限の知識と論理を完璧にすること。そこに独自性や想像力を加えていくのは、その先の話です。

 

「大学受験の勉強をやり直して、本当にビジネス・普段の仕事に役に立つのか?」。その疑問に対する回答を、この著書の中で明快に語っています。

新・独学術――外資系コンサルの世界で磨き抜いた合理的方法

新・独学術――外資系コンサルの世界で磨き抜いた合理的方法

 

 

 

ビジネス用語の基礎を学ぶには

毎日のニュース。それを本当の意味で正しく読み解くのは、簡単に見えて実は難しいことなのだと、侍留さんは語ります。

少し考えてみてください。

これまで100万円で売っていたものを、次の年、101万円で売ることができたら、会社の利益はアップしたといえるでしょうか。普通に考えれば、「1万円、利益がアップした」ということになりますが、この情報だけではなんともいえません。

たとえば、マネーサプライが増加していて、貨幣の価値が下がっていたら、単純に「利益がアップした」とはいえないはずです。

 

・・・・・・ところで、ここでいったんストップしておうかがいします。

マネーサプライとは、いったい何のことでしょう?

そういわれると、ちょっと考えこんでしまいませんか?

本当に「仕事ができる人」ほど、こうした用語の定義、「そもそも」の部分をしっかりと抑えていたりします。

それでは、そうした知識を学ぶために、ニュースを沢山見れば良いのか?

実は、意外とそうでもなかったりします。なぜなら日経新聞やテレビの経済番組などでは、既にそうした知識を習得しているハイレベルな読者を想定しており、その人たちが飽きないような形でニュースを報道しているからです。つまり、知の入門としては意外と敷居が高いのです。

そこで侍留さんがオススメしているのが、学習参考書を使った勉強方法です。

「マネーサプライ」のほか「為替」や「GDP」についても、「そもそも、どうしたらGDPって増えるんだっけ?」「マクロ経済の動きと、自分の働いている会社の業績って紐付いているはずだけど、どういう関係になっている?」「合同会社と株式会社の違いって?」といったことがぼんやりとしか理解できていない人も多いのではないでしょうか。

しかし、自らのビジネスを理解するためにも、じつは「そこそこの経済の知識」が必須です。そして、この「そこそこの経済の知識」というのが、「大学受験レベルの知識」なのです。

「マネーサプライ」や「為替」「GDP」「合同会社と株式会社」などの定義も、大学受験用の参考書を読めば十分に理解できます。

こうした経済用語も、大学受験の参考書、さらには問題集の中でしっかりと語られています。

難しいビジネス本を買ってしまい、読んでみたは良いものの「難しすぎる!」と挫折してしまった経験はないでしょうか? 私は沢山あります。そして「自分は頭が悪いのだろうか?」と落ち込んでしまったり…。

けれども高校の政治経済の教科書であれば、その心配はありません。なぜなら、高校生でも理解できるように、基礎知識が分かりやすく説明されているからです。

そしてその知識は、そのまま大学一年生から学ぶ政治学や経済学の知識へとつながっています。知の世界の入り口として、まさに受験参考書が適しているのです。

 

すぐ役に立つものは、すぐ役に立たなくなる

この本のすごさ。それは、一見役に立たなさそうな受験の知識が、毎日の仕事・ビジネスに役に立つことを、分かりやすく鮮やかに例示していることにあります。

たとえば、資本主義を痛烈に批判したマルクスの『資本論』は、じつはキャリア形成にも役立ちます。

先日、ヘッドハンティングの仕事をされている方と話をしていたときのこと。こんな話が出ました。

「収入を上げる方法はないかと相談を受けることが多いんだけど、収入を本当に上げることを目的とするのなら、サラリーマンのままでは、いくら転職を繰り返しても限界があると思うんだよね。本当に収入を第一に考えるなら投資家か起業家になるのが最適だと思うんだけど」

「サラリーマンでは収入に限界がある」と言い切れるかどうかはおくとして、このヘッドハンターの発想は、マルクスの『資本論』と親和的です。

マルクスの『資本論』の中核理論である「剰余価値説」に基づけば、労働者の賃金は、労働者とその家族が社会の平均的生活水準を維持するのに必要な経費を意味します。

つまり、労働者の賃金は、自らが生産した商品の価値に関係なく、それなりの額に抑えられがちになるのです。一方でこの賃金と商品やサービスの価値の差は、資本家の利潤となります。そこで、高い収入を得たいと思うならば、投資家になるか創業して社長になるべきという話になるわけです。

マッキンゼーのような会社に勤める人なら、もっとプラグマティック(実用的)な知識を勉強しているのではないかと、普通の人なら疑問に思ってしまいます。コンサルティング・ファームの仕事に、たかだか受験勉強の知識が役に立つのか。

しかし侍留さんは決して、道楽としての教養を追い求めている訳ではありません。本書を読めば、侍留さんが受験勉強の知識をビジネスの最前線で存分に活用している事が分かります。

ちなみに、私がずっと人間心理で疑問に思っていたのは、なぜか自分自身ではなく友人や知人の自慢をする人たちの存在です。

自分の自慢ならわかるのですが、「友人の誰それは、起業して大成功して夢のような生活を送っている」とか「知人は同期の中でも最速で出世している。社長になれるに違いない」とか、やたらと友人、知人の自慢をするのです。しかも、その友人、知人についてこちらが少し否定的なことをいうと、まるで自分のことのように起こります。その人が友人思いならともかく、どうもそういう感じでもない。

しかしフロイトの「防衛機制」の考え方を知ってからは、これは欲求不満に対する防衛機制による「同一視」だなと考えるようになりました。自分を「憧れの誰か」と同一視することにより、現実社会からの逃避を図っているのです。よく、アイドルや漫画の主人公になりきる子どもがいますが、それと同じことをやっているのだな、と。

こうしたさまざまな人間心理を読み解く助けになる考え方が倫理の参考書には満載されているのです。

仕事をしていれば、人間関係のトラブルはつきものです。上司や部下、同僚の言動に悩まされるのは日常的に珍しくありません。

そんな時に、単に「やっかいな人だな」という感想で終わらせず、「なぜそんな言動をするのか?」と考えてみる。すると謎が解けて、対処法を考えることができたり、前よりも寛容な気持ちで接することができたりするかもしれません。

そうした「思考の方法論」を身につける上でも、実は大学受験の参考書が役に立つ。基礎的な知識でも、その運用の仕方次第で武器になると、侍留さんは具体例を用いて分かりやすく解説しています。

 

ロジカルシンキングは現代文で磨く

大切なことは、自分の主張自体の良し悪しではありません。重要なのは、自分の主張を支える理由が明快かどうかです。

仕事をしていて、「上手く自分の考えを伝えられない」「上司とのコミュニケーションミスが起きてしまった」という悩みを抱えること、普通のビジネスパーソンなら良くあることだと思います。

コミュニケーション能力を鍛えるにはどうすれば良いか。侍留さんはその糸口を、大学受験の現代文に見出します。

たとえばコンサルティングの現場では、自動車会社で働くクライアントが「自動車の完成が納期に間に合わない。現状を解決してほしい」という話をしているのに、「自動車生産の海外移転が進んでいる」という知識をコンサルタントが持っていたために、「円高が進んで輸出コストが高くなっているから、生産拠点を海外移転すべきでは」と論点が異なることを延々と話してしまうということがしばしばあります。

クライアントにしてみれば、「だから、海外移転の話なんてしてないでしょ」「そんな見当違いの話をされても、時間の無駄だから・・・・・・」という話です。これは明らかに「与えられた情報の中で考え、問題のピントを合わせる」という意識とスキルが不足していることが原因です。

「与えられた情報の中で、問題のピントを合わせる」という意識とスキル。これを学ぶのに最適なツールが、まさに大学受験の現代文だと言えます。

なぜなら、思い出してください。どんな現代文の問題でも、「次の文章を読み、以下の問いに答えなさい」という注意書きが冒頭にあったはずです。自分が何か知識を持っていても、本文に書いていない=著者が主張していない事を書けばゼロ点です。

現代文で大切なのは、「著者の考えをそのまま正確に理解できるか」。それはそのまま、普段の仕事で求められる能力へとつながるのです。侍留さんはコンサルの世界で良く言われる「Why(だから何?)」と「So What」という言葉を用いて、それを分かりやすく説明しています。

つまり、現代文の問題を解く力というのは、ビジネスシーンで求められるWhyとSo Whatのスキルと酷似しているのです。

そして、現代文の問題文を読んで「なぜ、そういえるのか?」「それはどういうことか?」という設問に答えられない人は、実際のビジネスシーンでも同じ問題に直面し、「あいつはダメだ」「話に説得力がない」と思われるわけです。

だから、私はあらゆるビジネスパーソンが、論理力を磨くために、大学受験用の現代文学習する価値があると考えています。そう聞くと、現代文を学びたくなってきたのではないでしょうか。次項から具体的な現代文の学習法を説明していきます。

「今更、大学受験の現代文なんて…」と思う人も多いでしょう。私もそうでした。

ですが、私はこの本の通り、実際に大学受験の現代文の問題集を解き直して、「ロジカルに考える力が高まった」という実感を持っています。

ものは試しです。「ロジカルに考える・伝える力を伸ばしたい」と思うビジネスパーソンは、騙されたと思って、ぜひ試してみてほしいです。

 

TOEIC英語を、実戦で使えるレベルに昇華させる

少子高齢化が進み市場が縮小していく日本において、国内で完結するビジネスは減少の一途をたどっています。海外進出をしたり、海外からの観光客向けのビジネスの拡大を模索する企業も増えています。

その意味では、ビジネスをしているならほとんどの人が、英語が明日からでも必要になる可能性があります。しかし、必要になってから学習したのでは手遅れです。

侍留さんはこの本の中で、英語の勉強法についても語っています。

どちらかと言うと上級者向けのアドバイスになりますが、すぐに試せるコツ・勉強法で満載です。

例えば、英作文。メールのやり取りの際に、こなれた英語を書くためには、「コロケーション」と「シソーラス」の2つの辞書を使うと役に立つと言います。 

日本語でもそういうところがあるかもしれませんが、とくに英文では、同じ単語の繰り返しを嫌う傾向があります。同じ単語を繰り返すと、ネイティグには稚拙な印象を与えてしまいがちです。意味を変えない範囲で他の単語に言い換える必要があるのです。(略)

おすすめのシソーラス辞典は無料で使えるオンラインの「Thesaurus.com」です。私は英文を書くときはいつもこのサイトを開きながら、次々と単語を打ち込んで類語を探しています。英文を書く際にシソーラス辞典を使うのを習慣にすれば、芋づる式にいろんな単語が頭に入るので、使える語彙を増やしたいという方にもおすすめの方法です。

私自身、英語のメールのやり取りをする時がありますが、やはりどうせ仕事で英語を使うなら綺麗な英語を書いてみたい。そんな時にはシソーラスの辞典は大いに役に立ちます。また、下記のような「グーグルを辞書代わりに使え!」というアドバイスも有用でした。

とくに、ダブルクォーテーションで囲む(検索窓に「I ate some apple」と打ち込むのではなく、「"I ate some apple"」と打ち込む)と、単語単位でなく、語順を含めて完全一致で検索できるので便利です。同じ表現がヒットすればネイティブにも通じる英文、ヒットしなければ日本人英語、というわけです。このチェックさえしておけば、ネイティブにも「こんな表現は英語じゃない」と指摘を受けることはありません。

MBA留学中、新聞部に所属していたとき、「おまえの英文はネイティブっぽい表現や文章が多いな」とよく言われましたが、じつをいうと、ほぼすべてのセンテンスをグーグルでチェックしていたためです。

 リーディングの際のアドバイスで特に役に立つと思ったのが、句動詞に関するアドバイス

句動詞とは、「give up」「come on」「cheer up」など、副詞や前置詞とセットになった動詞のことです。

TOEICで800点・900点を超えるような人でも、以外とこういう簡単な熟語でつまづく事が多い。これをマスターすれば、英字新聞なども楽に読めるようになると、侍留さんは語ります。

また、私の携帯ではタイマーを設定するときに「Alarm will go off in 5 hours」というメッセージが出てきます。「アラームが5時間後に鳴ります」という意味ですが、私は最初恥ずかしながら、アラームが5時間後に解除されるという意味かと思っていました。「go」と「off」という単純な単語の組み合わせが「作動する」を意味すると知らないことで、逆の意味で解釈してしまっていたのです。

「off」でいえば、「show off」(よく見せる)など、ほかにもさまざまな組み合わせがあります。

じつは、新聞英語やニュース英語はこうした句動詞のオンパレードなので、多少英語ができる人でも、読めなかったり聞き取れなかったりします。

こうした基本の動詞と副詞や前置詞の組み合わせがあると、読むときはすっと読めて、聞くときもはっきり聞き取れても、意味は理解できないということになります。

私も実際に、侍留さんのオススメする参考書2冊を買って読んでみましたが、これだけでも大分、英語を読むのが楽になった実感があります。

個人的に侍留さんの英語学習法をオススメしたいのが、「TOEIC800点以上は身につけたが、仕事で英語を使うとなると萎縮してしまう」という人です。TOEIC英語を、実戦で使えるレベルまで昇華させるための勉強法が満載です。

本書では上で紹介した以外にも、「アメリカ史の教科書を日本語で読んで英語の背景知識を身につける」「リエゾン(子音と母音のつながり)を勉強すればリスニング力が上がる」「TOEIC900点以上を達成した人は通訳学校に通うのがオススメ」など、他では得られない、けれども王道の英語勉強法が沢山詰まっています。

この英語学習法を知るためだけでも、本書を買う価値はあると思います。

 

 

「知の巨人」もオススメする、ビジネスパーソン向け「やり直し受験勉強」

なお、この大学受験参考書を用いたビジネスパーソン向けの勉強法は、作家で元外交官の佐藤優さんも同じようにオススメしています。

がっついた若手ビジネスパーソンは、全般的にプライドが高い。そのこと自体はよい面もある。卑屈な精神から、知識を身につけようとする意欲が生まれることはないからだ。

しかし、高すぎるプライドが勉強の妨げになることもある。「現代文のような基礎科目について、知識の欠損が生じているはずなどない」という自意識が、実力を着実につけるための勉強法を体得する障害になる。(佐藤優『読書の技法』より)

 

佐藤優さんのオススメする、大学受験参考書を用いた勉強方法ついては過去の記事で書いています。

マッキンゼーで活躍した侍留さんのような方でさえ、そして佐藤優さんのような現代の「知の巨人」でさえ、知の基礎部分である大学受験の内容を大切にしている。だとすれば、我々がそれに取り組まない理由はなさそうです。