【読書】外資系コンサルの知的生産術 ─プロだけが知る「99の心得」─ (山口周)

考え方をトレーニングしても、行動に移せなければ意味がない

この十年ほどのあいだ、現役コンサルタントや元コンサルタントの書いた「論理思考」や「仮説思考」といった「思考」技術に関する本がとてもよく売れています。いままさにこの本を手に取られている読者の方の中にも、そのような書籍を読んだ、という方がいらっしゃるかも知れません。

では、こういった「思考」技術に関連する書籍を読んだという方にお伺いしたいのですが、それらの書籍を読んだことで、実生活上、なかんずく仕事における知的生産のクオリティは向上したでしょうか?

 

本書には、仕事で行き詰まった時の「ブレイクスルー」となる発想・行動の技術が満載です。

 

冒頭で掲げた山口さんの言葉に「ドキッ」とした人は少なくないのではないでしょうか。

書店に行けば自己啓発本は溢れていますが、残念ながら玉石混交という側面も否めません。本当に役に立つ一冊を見つけるのは、とても難しい。

しかしこの本は非常にオススメです。以下このブログ記事で掲載した「5つの心得」を読めば、「確かにこの本は買う価値ありかも!」と思っていただけると思います。

この経験から痛いほどわかったのは、どんなにピカピカの学歴を持った頭脳優秀な人材でも、「動き方」を知らないとまったく知的成果を生み出すことができない、ということです。こういった人たちに対して何より必要なのは、「思考技術」のトレーニングではなく、具体的に手や足をどう動かすか? という「行動技術」、つまりは「心得」のトレーニンなんですね。

 

他の山口周さんの著作もそうですが、この本は特に「お買い得」と言って良いでしょう。実際の仕事ですぐに使えるプラクティカルで目鱗な示唆に富みながらも、同時に著者独自の社会科学的な思考の伸びやかさも楽しめる、とても知的好奇心をそそられる一冊です。 

 

 

学習のS字カーブを意識する

まずはインプットの仕方について、見てみましょう。

知的生産において、一般に情報はあればあるほどよいと考えられがちですが、多すぎる情報は学習効率の低下を招くので注意が必要です。インプットの量と学習効果のあいだには収穫逓減の関係が成立します。

ここで筆者は下のような「学習のS字カーブ」の図を示しています。

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(※山口周『外資系コンサルの知的生産術 ─プロだけが知る「99の心得」─ 』81ページの図を元に筆者作成)

 

例えば「仕事の段取り術」の本を買って勉強していく場合を考えてみましょう。

2冊、3冊の本を買う分には、それぞれのノウハウを吸収できるメリットがある。しかし10冊も買ってしまうと、それぞれの本で書かれている内容も、かなり重複する部分が目立つのではないでしょうか。

そうなると、10冊の本から得られる学習効果は、1冊の本から得られる情報よりも低いケースがあり得る。学習効果が逓減しているのが分かります。だとすれば、読むのはせいぜい2〜3冊くらいで良さそうですね(記事最後の項目では真逆の事を言っていますが・・・)。

 

しかし多くの人は、こうした事が心の中で分かっていても、「10冊分の読書をしよう!」と頑張ってしまうのです。なぜか。こうした収穫逓減の法則を軽視してしまう人間心理について、山口さんはこう解説します。

理由はシンプルで、そうすることで安心するからです。知的生産物がなかなか生み出せないという状況に直面すると、誰でも焦燥感や切迫感に襲われます。これが非常にやっかいで、この焦燥感や切迫感に搦めとられてしまうと、とにかく手を動かしていないと不安でしょうがないという心理状況になり、ひたすら無意味なインプットを続けるという方向に逃避してしまうのです。

こういう失敗、ついやってしまいませんか?

私は自他共にいくつも心当たりがあります。

 

この時に大切なのが、漫然と作業を継続するのではなく、スタート地点に立ち戻ること。

「そもそも」の部分を疑ってみるのです。

ある程度情報をインプットしたにもかかわらず、プロセッシングがなかなか前に進まないとき、本当にやらなければいけないのは、いま採用しているプロセッシングのアプローチを続けて、本当にアウトプットが出るのかどうか、スタート地点に立ち戻って考えてみるということです。

アウトプットを出せないままに締め切りが迫っている状況の中で、手を動かすことを止め、振り出しに立ち戻って考えるというのは、精神的にとてもタフなことですね。しかし、筆者の経験からいえば、このような状況に陥ってしまった場合、そのままインプット量を増やして見通しが開ける、というケースはほとんどありません。もう一度、スタート地点まで戻った方が、結局は早くゴールにつけることが多いのです。

これは仕事もそうですし、日常生活にも当てはまるかもしれませんね。

「情報が不十分なので、行動ができない」と言う人がいるとします。ではその人は、いつまで情報収集を続けたら、その後行動に移すことができるのでしょうか?

 

そんな人は、敢えて一度、インプットの手を止めてみる。

そして、「そもそも何がしたいのか?」「情報を集める以外にアプローチ方法はないのか?」という、根本的な部分に立ち返ってみると、何かのブレイクスルーがあるかもしれません。心当たりのある方は、ぜひ試してみて下さい。

 

「長く考える」のではなく「何度も考える」

「長時間考えているのに、なかなか答えが見つからない・・・」、というシーンがあるとします。

山口さんはそういう時のテクニックとして、「場所と時間を変えて再度考える」という方法を提示しています。

インプットされた情報をもとに整理・構造化・示唆出しに取り組んでみたものの、いま一つピンと来ないなあ、と感じるときは筆者にもよくあります。こういったときは、長時間同じ問題を考え続けるのを止めて、短時間の思考を、時と場所を変えて何度も繰り返してみるといいアイデアが浮かぶことが多いのです。ここでいう「短時間」とは、本当に数十秒から長くても五〜六分程度の長さをイメージしています。

自然科学や哲学の問題ならまだしも、ビジネス上の問題について、数時間考え続けても見通しが得られない場合、「考える角度」を誤っている可能性があります。そういった状況に陥ったら、一度退却し、違うアプローチを細切れにいろいろ試してみるといいでしょう。

私自身の経験ですが、夜考えていて「分からない・・・」と悩んでいた問題についても、翌朝起きてみると答えがふっと降りてきた、というような事は良くあります。

ここでポイントになるのが、せいぜい五分程度の思考を、時間と場所を変えて繰り返し行う、ということです。知的生産の総量が、結局のところ思考の総量に比例することは否定しませんが、思考の総量は「考える時間」の量よりも「考える回数」の量によって決まる、というのが筆者の意見です。

場所を変える、時を変えるという仕切り直しを試してみる。するとそれに伴って、「考える角度」も、自分では気付かない内に、微妙に仕切り直しがされているのです。

そう考えると、例えば「とりあえず今日は寝て、明日また考えよう」という一見いい加減に見えそうな態度も、案外合理的なのかもしれません。

 

「問い」をずらす

また、そもそもの「問い」自体を疑う能力も大切な要素になります。ここで山口さんが書いてある事例が、とても興味深い。

英国の名門陶器メーカーの事例です。このメーカーは、それまで破損防止のために箱詰めに用いていたおがくずを、コスト削減のために古新聞に変更しました。ところが、資材そのもののコストは下がったものの、箱詰めの作業員が新聞を読むようになってしまって作業効率が低下し、結局、全体としてのコストは以前より増えてしまいました。

さてこの問題について、読者の皆さんであればどのように対処するでしょうか?

・・・確かに自分がもし作業員だったら、丸めた新聞をもう一度シワを伸ばして、中身をじっくり読んでしまいそうです(笑)。

 

さて、答えを見てみましょう。

普通に考えれば、現状を「作業員が新聞を読むために業務効率が低下している」、あるべき姿を「作業員が新聞を読まずに作業し、業務効率が以前より改善している」と定義し、どうやって作業員に新聞を読ませることなく作業させるか、という問題設定を行うでしょう。しかし、この陶器メーカーが採用した打ち手はとてもエレガントなものでした。彼らは、視覚障害者を雇って箱詰め作業に当たらせたのです。この結果、作業効率は大幅に改善し、また障害者の雇用にもつながることになりました。彼らは、あるべき姿を「作業員が新聞を読まずに作業する」ではなく、そもそも「作業員が新聞に関心を持たない」と再定義する、つまり「問いをずらす」ことで問題解決の突破口を掴んだわけです。

これはもう説明不要ですね。見事な打ち手です。

そもそもの「問い」を疑う能力は、私たちが行き詰まっている時に大きなブレイクスルーをもたらしてくれる可能性があるのです。

 

「Less is more=少ないほどいい」と知る

本書では、プレゼンなどの「アウトプットの技法」についても役立つ示唆が盛りだくさんです。コンサルタントはクライアント企業へ日々提案を繰り返している「伝えるプロ」ですから、期待が高まります。

 

一つ質問してみます。プレゼンの時に大切なのは、相手により多くの有益な情報を伝えることなのでしょうか?

山口さんの主張はその逆、「Less is more=少ないほどいい」。つまり伝える情報を絞り込めと言うのです。

しかし、なぜ「少ないほどいい」のでしょうか?

一言で答えれば「効率がいいから」です。

情報のプロセッシングには一定の負荷がかかります。わたしたちは、情報をインプットし、それをプロセッシングすることで知的生産物を生み出すわけですが、今度はその知的生産物が、それを受け取った誰かのインプットとなり、プロセッシングされることになります。このとき、少ない情報はプロセッシングの負荷を低くし、ダイレクトに行動につながっていくことになります。

これは私たちが逆の立場に立って、プレゼンを受けるところを想像すれば分かりやすいかもしれませんね。

情報は、あればあるほど良いという訳ではないはずです。たくさんの情報をプレゼンされても、聞き手としては、「だから結局、何が言いたかったの?」となってしまう。手持ちの情報を全て伝えようとする人は、無意識に自信のなさを隠そうとしているのかもしれませんが、プレゼンターとしては三流でしょう。

本当に優れた人ほど、大切な本質を短い言葉で伝えてくれるものです。

もちろん、メッセージを伝えるためには、情報が少なすぎてもいけないわけですが、筆者のこれまでの経験からいわせてもらえば、こういったケースはあまりありません。情報量が少なくてメッセージが伝わらなかったと思えるような場合でも、根本的な原因は「情報量の少なさ」ではなく「メッセージの結晶化の甘さ」にあることが多いのです。「何がいいたいのか」「伝えたいことは何か」を研ぎ澄ますことなく、生煮えの状態でアウトプットしてしまえば、いくら情報量を増やしても問題は解決しません。

なお、「メッセージの結晶化の甘さ」という箇所については、ジャーナリストの池上彰さんの考察が分かりやすいです。

私がよく例えるのが「大学の学部生、大学院生、ベテラン教授」です。学部生に研究内容を聞くと、シンプルに「こんなことです」と即答します。わかりやすいけれど全体像がわからないまま話しているので、本当は大事なところが抜けてしまっています。これが院生になると、全体を一生懸命勉強しているのでいろいろ説明したくなり、長々と語るのでワケがわかりません。それがベテラン教授になると、全体がわかったうえでどこを省略すればいいかもわかっているので、とてもわかりやすい説明になります。

つまり、学部生のわかりやすさとベテラン教授のわかりやすさは似ているようで違うんです。NHKのニュースでやりがちなのは院生の説明です。あれもこれもと語るので結局わかりにくい。一方で民放の番組が陥りがちなのが、学部生レベルのわかりやすさです。私が目指すのは、全部を理解したうえでどこを省略したらいいかというベテラン教授の表現なんです。

toyokeizai.net

 

山口さんはこの項の最後に、”ダメ押し”でこんな耳の痛いメッセージまで書いています。

これは拙書『外資系コンサルのスライド作成術』でも注意したことですが、一般に日本のホワイトカラーは、資料に情報を詰め込みすぎる傾向があります。上司の指示があいまいなために資料に情報を詰め込まざるを得ないといった理由もあって、一概に資料作成者の責に帰せられない事情があるのはわかりますが、まずは心積もりとして「情報の量とクオリティはむしろ逆相関する」という価値観を持っていてほしいと思います。

情報の多さ。それはつまり、自信のなさの表れなのです。

上役から「おい、⚪︎⚪︎については考えたのか?」と突っ込まれた時に、あらかじめ情報を盛り込んでおけば、うまく切り返せますね。言わば叱責されないための「保険」として、手に入れた情報は全て資料に盛り込んでおくわけです。

けれども、真に「伝わるメッセージを作りたい」という場面があるのなら、勇気を出して、情報を絞り込む。そしてそぎ落とした情報については、「なぜ伝えなくても良いのか」を論理的に説明できるようにする。そうすることで、相手に突き刺さるメッセージを作ることが可能となります。

 

知的ストックで創造性が高まる

そして最後に筆者は、「読書を積み重ねて知的ストックを厚くしよう!」と語ります。

本書の中では読書をすることのメリットがいくつか書かれていますが、ここではその一つ、「創造性が高まる」という部分を紹介します。一体なぜ、読書をする事によって、創造性に良い影響があるのでしょうか。

厚い知的ストックを持つことで創造性も向上します。一般に、創造性は生まれつきのものであって後天的に高めることはできないと考えられがちですが、ある程度は後天的に高められることが脳科学学習心理学における研究からわかっています。

創造性を高めるための有効な手段の一つとして多くの人が指摘しているのがアナロジーの活用です。アナロジーとは、異なる分野からアイデアを借用するという考え方で、わかりやすくいえば「パクリ」です。

アナロジー(類比)によって、何か新しいものを生み出すことができる。例えばどのようなことなのでしょうか?

あるいは、わたしたちにもなじみ深いアナロジーの事例に回転寿しがあります。回転寿しのアイデアの元ネタになったのは工場のベルトコンベアでした。ある日、寿司屋の主人が取引先のビール会社の工場を見学しました。そこでベルトコンベアに乗って次々とビールが流れてくるのを見た主人は、寿司屋のカウンターにベルトコンベアを仕込んで、そこに寿司を流せば、寿司職人の数を増やさずに店のサイズを大きくできる、ということに気付いたのです。このように、アナロジーというのは、一見すると直接的な関係はなさそうな分野の知見を組み合わせることで、新しいアイデアを得るという考え方です。

この場合、この寿司屋の主人は、「自分の店」と「ビール会社で見た景色」の2つを組み合わせる事によって新しいアイデアを生み出す事に成功しました。つまり、イデアとは異なる二つ(もしくは二つ以上)のものを組み合わせる事によって創出可能なのです。

さて、この仮説をもとに、少し計算をしてみましょう。

ジョブズの指摘通り、全てのアイデアは、異なる二つの要素の組み合わせによって生まれると仮定した場合、10個の知識を持っている人と100個の知識を持っている人では、組み合わせによって得られるアイデアの数はそれぞれ45個と4950個となります。つまり、知識の量が十倍になると、その知識の組み合わせによって生み出せるアイデアの数は百倍以上になるのです。もしこの前提を、三つの知識の組み合わせによってアイデアが生まれる、とすれば、生み出せるアイデアの数はそれぞれ120と16万1700となり、その差はさらに千倍以上となります。

つまりこの考えに基づくなら、もし皆さんがいまの2倍読書をすれば、それは4倍の学習効果があるということ。読書という投資は、指数関数的にリターンが得られるものなのです。これが色々な人が「読書ほどコスパの良い投資はない!」などと主張する理由の一つです。

もちろん、組み合わせのほとんどは箸にも棒にもかからないアイデアになるかも知れません。しかし、それでいいのです。なぜかというと、イデアの質はアイデアの量に依存するからです。量が質に転化する、これがアイデアの面白いところです。

過去の創造性に関する研究の多くが、アイデアの質にもっとも大きな影響を与えるのは、アイデアの量だということを明らかにしています。たしかに、過去の偉大な芸術家や発明家は「質」だけでなく「量」においてもずば抜けた実績を残している人物が多い。ピカソは二万点の作品を残し、アインシュタインは二百四十本の論文を書き、バッハは毎週カンカータを作曲して、エジソンは千件以上の特許を申請しました。

面白いのは、彼らの残した知的生産の全てが必ずしも傑作だったわけではない、という点でしょう。例えば今日でも演奏されるモーツァルトやバッハ、ベートーベンの曲は全体の三分の一ほどにすぎませんし、アインシュタインの論文のほとんどは誰からも参照文献として引用されていません。

 

知的生産に費やした努力は、指数関数的に報われる。何だか素敵な仮説ですね。私はこれを聞いて、アップル社の元CEOスティーブ・ジョブズ氏の「Connecting Dots」のスピーチを思い出しました。

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こうした「指数関数的なスキル向上」が実現可能なのは、読書で得られた知識が、「アナロジーの力でいかようにも組み合わせられる」というクリエイティブな可能性を秘めているからです。

例えば2014年10月現在、百メートル走の世界記録は9.72秒となっています。一方で、日本の高校生の平均は14秒前後ですから、その差はせいぜい1.5倍程度しかなく、大した違いはありません。(略)要するに身体能力というのは世界トップクラスのアスリートと常人とのあいだでも、せいぜい1.5〜2.0倍程度の差しかないということです。

一方で、アイデアを生み出す力は前述した通り、ストックの厚みによって簡単に百倍、千倍という開きがついてしまいます。肉体的な能力が、どんなに鍛えたとしてもせいぜい一般人の二倍程度の能力までしか高められないのに対して、創造性というのは鍛えれば常人の百倍、千倍といった開きがつく可能性があるということです。

・・・ものすごい分析です。ここまで書いてきた山口さんの論考の鋭さやユニークさこそが、「知的生産のクリエイティブさは読書量によって飛躍的に向上する」という主張の一番の見本ではないかとさえ思ってしまいます。 

(なお、山口さんは自身の著書『読書を仕事につなげる技術』の中で、読書の方法論・テクニックについてより詳しく説明しています。気になる方はぜひこちらも購読頂ければと思います)

 

ここで紹介しているのは、「99の心得」のうちのたった5つに過ぎません。残りの94個については、ぜひ本書を読んでみて頂きたいと思います。きっと皆さんの日々の仕事のブレイクスルーになる示唆がたくさん見つかるはずです。