【読書】外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント(山口周)

仕事の「炎上」を避ける危機管理術

筆者はコンサルタントという仕事をすでに十年以上続けていますが、プロジェクトを炎上させたことが一度もありません。

 

「炎上」とは、「ある人やチームの仕事がキャパシティ越えしてしまう状態」を意味します。

当初予定していた成果が出せない。毎日深夜残業してもさばききれない業務量。上司やクライアントも怒り心頭──。

よく考えてみると、炎上は「プロジェクト」という集団単位でも起こりうるし、同時に個人単位でも起こりうるものです。その意味で、仕事の「炎上」を防ぐ危機管理術は、私たち全員が学ぶべきとも言えそうです。

 

この本ではプロジェクトマネジメントの側面から、仕事の進め方についてのテクニックが沢山語られています。しかしそこで語られている山口さんのテクニックには、仕事を有効に進めていくための普遍的な「考え方」が含まれています。

プロジェクトマネジメントに限らない、誰でもいつでも活かせる仕事の進め方教本として。ビジネスパーソンならぜひ一読するべき良書です。

 

外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント

外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント

 

 

 

仕事のスタート前に仕事の成否は決まっている

これはそもそも論ですが、プロジェクトが「成功する」とか「失敗する」というのは、どういうことなのでしょうか?

結論から言えば、関係者の期待値より高い結果に終われば「成功」であり、関係者の期待値より低い結果に終われば「失敗」なのです。

プロジェクトマネジメントにおいて大切なのは「期待値コントロール」です。

誰しも自分を大きく見せたいものです。だからこそ楽観的な見通しを上司やクライアントに伝えてしまうのですが、これが良くない。

一方で、最初期段階で「高い期待値」をもったまま、まったくコミュニケーションがなされていないと、プロジェクトの途中段階で「この期間では厳しいです」となった場合、これはまったくのサプライズになってしまいます。

当然ながら、

「だってできると言ったじゃないか」

「いや、一応受け取りましたけど、内心は無理だと思っていました」

「だったらそう言ってくれればいいのに」

「あのときは言える空気じゃなかったですよね」

といったような典型的な「一生懸命なのに評価されない残念な人」のやりとりをすることになり、人事考課も下がるという哀しい結果になります。

こういうやり取り、プロジェクト型の仕事以外にも、たくさん心当たりありませんか?

自分の能力を良く見せようと、楽観的な見通しを伝えてしまうと、後々で苦しくなります。

期待値コントロールの定石は、「低めに伝える」です。そしてこれはそのまま、普通の仕事に従事する人も活かせるスキルと言えるでしょう。

 

山口さんの仕事は、プロジェクト型の仕事です。それはつまり、どのような仕事をして何を得るかという、言わば仕事の枠組みを毎回ゼロから作らなければならないという事です。

そんなプロジェクト型の仕事を成功させるためには、「仕事を取り掛かる前に、成功できるように設計しよう」というスキルが必要です。今までプロジェクト・ベースの仕事に数多く携わった山口さんからこそ、「仕事を始める前のテクニック」というそもそもの部分が学べるのです。

 

上司やクライアントを不安にさせない仕事術

プロ野球ペナントレースで優勝戦線に絡むためには、シーズン初期にどれだけ勝ち星を先行して挙げられるかが鍵になります。シーズン前半で、いわゆる「貯金」をつくることができれば、疲れがたまってくる夏場=正念場を有利に戦うことができるのです。 

何事も、最初が肝心です。

山口さんはプロ野球の例を出し、「仕事の初期に『信用の貯金』を作れ!」と語ります。

例えばプロジェクトが始まった直後に、進め方の大枠を固めておく。例えば入社直後・異動直後に、仕事に関係する部内資料を一通り読み込み、グループ内の仕事の手続きの進め方や専門用語を頭に叩き込む。

そうした仕込みを行うには、とにかく初動を意識することが重要だと言うのです。

逆に、「信用の貯金」を作れないとどうなるか。上司やクライアントの「マイクロマネージ」が始まるのです。

マイクロマネージというのは、一挙手一投足、箸の上げ下ろしまで、徹底的に「行動」を管理するということです。進捗が遅れていると思うと不安になり、不安になるがゆえに頻繁に報告させたり、あるいは作業内容について口出ししてきたりするようになるわけです。

逆に、プロジェクトの初期段階で、期待値としての進捗を、実際の進捗がうわまっていると彼らが感じると、安心して任せてくれるようになります。

初動が大切なのはなぜか。それは、「自分やチームの仲間が楽しく仕事をするためだ」とも語っています。

初期段階で「このチームの進捗は危ない」と関係者に思われてしまうと、まず間違いなくそのプロジェクトは「つまらない」「辛い」プロジェクトになります。なぜか? 自己効力感が失われてしまうからです。(略)

筆者は、すべてのビジネスマンにはアーティストの感性が求められる、と考えている人間ですが、プロジェクトマネジメントは、一種のアートプロジェクトなのです。ではアーティストにとって最も嫌なことは何か。それは作品の制作途上であれこれと横から口出しをされることです。

上司やクライアントは、私たちの仕事へ影響力を保持しています。だからこそ、彼らの期待をマネジメントする視点が大切になるわけです。

一番大事なのは「あなたが不安に感じていることを、私は知っていますよ」と伝えてあげることなのです。

「進捗が遅れていることに、不安でいらっしゃると思いますが、今後、⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎することで当初の予定どおりに追いつきますからご安心ください」と伝えておくだけで、相手の不安は大きく解消されます。

逆に、これをやらないと関係者の不安はマグマのように溜まって、どこかで噴火してプロジェクトを破綻させる要因になります。

このとき、感度の鈍い人だと「このあいだまで何も言ってこなかったのに、なんで急に文句を言い出したんだろう」と感じられるのですが、こういった噴火がいきなり起こるということはまずあり得ません。実際には、長い期間をかけて不安や不満が積み重なり、それが小さなきっかけで噴火しているのです。

一言でまとめるなら、「自分が働きやすい環境は、自分の手で作れ」というメッセージになると思います。単に仕事をすれば良いわけではなく、「それが関係者にどう受け止められるか」という仕事の外側に気を配ることが大切だというわけです。

 

チーム内の「情報の流通量」が減っていないか

仕事やプロジェクトの炎上を防ぐには。山口さんは「チーム内の『情報の流通量』を増やす」ことが大切だと語ります。

では「情報の流通量」とは何か?これは社会人になった人であれば誰にでも心当たりがあるはずです。

仕事の取り掛かり始めに、ちょっとした違和感があった。誰かに相談をしたかったけれども、「みんな忙しそうだな・・・」と遠慮して独力で仕事を進めたところ、後々になって大事故が起こる・・・・・・。そんな経験はないでしょうか。

失敗に終わったプロジェクトについて分析してみると、この「情報流通」に大きな問題があったと筆者は考えています。(略)

日本に目を転じれば、みずほ銀行の統合の際に発生したATMの大規模なシステム障害についても、現場からは何度も「このスケジュールでのシステム統合は危険」という警鐘が鳴らされていたにもかかわらず、その情報が組織の上層に上っていくに従って「非常に危険」から「リスクがある」に変わり、最後は「非常に難しい・・・・・・が、全力で頑張ります」と旧日本軍を思い出させるような根性論に変容していったことがわかっています。

「正しい情報を、早く正確に共有する」というのは、プロジェクトのクオリティを高く保つ上で非常に重要なポイントだということです。

「あの時もそう思ってたんだよね・・・」という後出しジャンケンは、ビジネスの世界に限らず、禁じ手です。

そしてこの場合、そう言い出す人に問題があるのではなく、そう言い出す人を生み出してしまったチームにも問題がある。懸念を表明しやすい「環境づくり」に失敗しているのです。

では、そうした理想的な「環境づくり」はどうすれば可能になるのか。山口さんはまず、「いつでも上機嫌であれ!」と語ります。

リーダーがいつも上機嫌であれば、メンバーは悩みごとの相談もしやすいはずです。悩みごとを早めに共有することは大きなトラブルを未然に防ぐことにつながるでしょう。

あるいはちょっと思いついたアイデアを口に出してみるかもしれません。不機嫌そうなリーダーの前で荒唐無稽なアイデアを口に出せばどんな叱責を受けるかわかりません。

結局のところ、上機嫌なリーダーが率いるチームではメンバー相互間、あるいはメンバーとリーダーとの間での情報量が増加するのです。

組織に規律は必要です。しかし、「不機嫌で声をかけづらい」とまで思われてしまうリーダーは、部下の大事故を誘発してしまう結果になるわけです。

あるいは、既にもう何か問題が発生してしまったら。ミスをしてしまった部下を怒る気持ちもありますが、それを抑えて、「もう怒らないから、何があったのか正直に話してもらえるかな?」とコミュニケーションを取るのも一案です。

一方、米国には司法取引や免責措置という仕組みがあります。盲目的に米国の仕組みを礼賛するような風潮はどうかと思いますが、この点については、いまの司法制度が米国に学ぶべき点はあるのではないでしょうか。

米国の仕組みは「犯人捜し」よりも「原因究明」に軸足をおいています。「いったいなぜこのような悲惨な事故が起こったのか?」という点について、「あんたのことはもう責めない。それは約束するから、いったいこの組織のなかでどういうことが話され、行われていたのか、一切合切僕らに話してくれ」という取引ができるということです。

これは確かに、「信賞必罰」の原則からは外れるかもしれません。

しかし時には、原理原則を曲げてでも、「なぜそれが起きたのか?」という原因究明にフォーカスを当て、それによって再発防止策をブラッシュアップする。

「失敗から学ぶ」というポジティブなモードを生み出すという意味では、そうした方法にも一理あるのです。

 

フィードバックをする時は「ビーイング」より「ドゥーイング」

仕事を進めるなかで、時には誰かに「もっとこうやって仕事をしてほしい」とフィードバックする必要がある場面もでてきます。

とはいえ、フィードバックを相互にする文化のない日本において、直截に「フィードバックをください」と言っても、なかなか率直なフィードバックは得られない可能性があります。

あるいは逆に、過度に攻撃的で人格否定になりかねないようなものになってしまう可能性もあります。日本で行われているフィードバックのほとんどは「当たり障りのないおためごかし」か「対処しようがない正確や人格に関する攻撃」のどちらかです。言うまでもなく、どちらも学習という点では無意味です。

・・・いかにも山口さんらしい直截な言い方です。笑

では具体的に、どんなフィードバックが理想なのか?

ここで山口さんは、「どうであれば=ビーイング(Being)」ではなく、「行動=ドゥーイング(Doing)」に意識したフィードバックを提唱しています。

×:もっとスピード感を持たないとさ〜、この先やってけないよ?

⚪︎:期限ギリギリに持ってくるのを止めよう。出来上がってなくてもいいから、期限の三日前に、必ず一度成果イメージを見せて。

×:要領が悪いんだよ。だからいつも時間がないって騒いんでるんだろ?

⚪︎:毎週月曜日に、抱えている仕事をリストアップして、重要性と必要な時間を整理してごらん。時間がかかって重要だという仕事を先に仕込むと後が楽だよ。

×:もっと空気読まないとさ〜・・・・・・もう反対だって空気だったろ?

⚪︎:先方の表情をよく見なさい。説明を聞きながら頷いていれば提案に賛成。逆に首をかしげたり上を見てたりしたら提案に反対と考えてまず間違いないよ。

確かに「ビーイング(Being)」だけを言われても、「では具体的に何をすれば良いのか?」という部分が欠けているので、途方に暮れてしまう。結局、その時は反省をするけれども、抜本的な行動改善には至らないというケースも多いでしょう。

一方、「ドゥーイング(Doing)」の指摘の方が、何から行動を始めれば良いかが明確で、新しく自己改善に取り組む時の敷居が低いのです。

 

また、皆さんが部下の立場で、上司が山口さんの否定する「ビーイング(Being)」の指摘しかしてくれず、それによって落ち込んでしまう、というシチュエーションもあるでしょう。

そんな時は、自分の頭で考えて、「ビーイング(Being)」の指摘を、「ドゥーイング(Doing)」の指摘に落とし込むのです。

すべての上司が正しい見つけられる訳ではありません。言葉は乱暴で、理不尽に思えるかもしれない。

けれども確かに、上司が指摘をしているという事は、指摘の方向性はともかく、自分の仕事の進め方には何か「つっかえ」のようなものがある可能性が高そうです。

だとしたら、自分自身の手で、その上司の指摘を「ビーイング(Being)」から「ドゥーイング(Doing)」にパラフレーズ(言い換え)してみる。そこから改善の糸口が見出せるかもしれません。

 

なぜプロジェクトマネジメントのスキルが重要になるのか

いきなりですが、筆者は、今後、すべてのビジネスパーソンにはプロジェクトマネージャーとしての力量が求められるようになるだろうと考えています。

この本では、プロジェクトマネジメントの視点に限らず、ルーティン型の仕事に従事する人、またはチームリーダーではない若手の社員でも活かせるスキルを中心に、山口さんの持つテクニックを抜粋してきました。

しかし本書は元々、プロジェクトマネージャーのための本、あるいはそれを目指す人のための本です。

そこで最後に本書の「まえがき」から、プロジェクトマネジメントのスキルの大切さについて書かれた部分を抜粋しておこうと思います。

これまでのように安定的な事業環境下であれば、ホワイトカラーの仕事の多くは、決められたルールやマニュアル通りに仕事をこなす、いわゆるルーチンワークをしっかりやっていれば良かったわけです。

階級を設けて上から順に意思決定の連鎖をしていく組織を官僚型組織といいます。皆さん自身は意識していないかもしれませんが、日本の企業の99%は官僚型組織の形態を採用しているのです。この官僚型組織における運営の基本はルールの規定と権限移譲になります。これは、ルールを決めた上で、「ルールが適用できる範囲内では自分で決めていいよ」と権限を委譲することで組織としての効率を高めるという考え方であり、ルールでは処理できない時だけ、上司に相談すればいいわけです。

山口さんは組織と人事のプロです。日本の企業がどのような性質を持った組織であり、その中ではどのような人材が評価されるのか、企業を取り巻くマクロ環境の分析も交えて分かりやすく説明しています。

こういう組織では、実直に、正確に、迅速に、ルール通りに業務を処理する人が「有能だ」と評価されてきました。組織内でこういう人たちが出世して経営のトップになれば、上からルールを与えてくれる人はいなくなります。そうすると今度は業界団体や財界といった仲間同士でいろんなルールを決めるわけです。この仕組みは高度経済成長から一九九〇年代の初頭くらいまで、とてもよく機能しました。世の中の変化がそれほど激しくなかったので、規定されたルールに基づいて仕事や経営をしていれば大きな問題はなかったのです。

しかし、外部環境が変化すれば、社会から求められる人材も変化を遂げます。それまで必要とされた「手続き処理型の人材」の弱さが目立ち始めるのです。

ところが、ここ十年ほど、この仕組みはいろいろなところで破綻しつつあります。状況の変化が早すぎて、ルールでは対応できない事象が発生する頻度が上がりすぎているからです。このような状況下では、ルールに判断基準をおいて目の前の仕事を処理していくような業務能力はまったく無価値になります。ルールでは判断できないような例外事象が次々に起こる中で、目的と価値観に立脚して、自分の判断で物事を進めていく能力、ひとことで言えば、プロジェクトマネジメントの能力が必要になるのです。

これがプロジェクトマネジメントの能力が今後重要視されると山口さんが語る根拠です。「ルールに従う側」から、「ルールを創造する側」へのシフトが大切になるのです。

手続き処理型の仕事には、自分の個性を出せるスキマはほとんどありません。ルール通りにやるか、上司に伺いを立てるしかないのですから、「自分の色」を仕事で出す機会はほとんどない。一方で、プロジェクトマネジメント型の仕事では、仕事そのものが自分の作品になります。「社会彫刻」という概念を提唱して、世の中の人はすべてアーティストであるべきだと主張したのは現代芸術家のヨーゼフ・ボイスですが、仕事という作品を通じて社会と関わりを持てるアーティストになり得るのです。

実のところ、プロジェクト型の仕事は、今の企業において「ほんの一部」しか存在しません。ルーチンの仕事がしっかりと機能してこそ、組織は結果を出せるという大前提があります。すべてのビジネスパーソンが、プロジェクト型の仕事に関わる機会があるわけではない。

しかし、外部環境の変化が、私たちの人事評価ルールをも変化させる可能性があるということ。70歳まで働くのが当たり前になる今の時代において、この事実は冷静に認識しておいた方が良さそうです。

与えられた条件を疑い、新しくゼロベースで既存の業務を改善していくこと。そのスキルを身につけることで、私たちが日々取り組んでいる無機質な業務も、山口さんが言うところの「社会彫刻」へと生まれ変わるのかもしれません。